年頭に念ず
2017年1月19日
2017年が始まりました。
暮れから暖かい日が続き、不気味なほどの穏やかな正月でした。
思えば昨年は地球規模での波乱に明け、且つ、波乱に暮れた年でした。
イギリスでまさかのEU離脱に始まり、欧州各国を覆った難民問題に振り回され、とどのつまりはまさかのトランプ大統領で終わりました。共通するのは「他人の事より自分の都合」、「建前より本音」がむき出しの世界です。
第2次世界大戦後、人類はそれなりの平和と安定を暫らく維持してきましたが、ここにきてそのパラダイムが大きく変わろうとしています。昨年、西洋各国で起きた事象はまさにその鼓動のようでもあります。
西洋だけでなく東洋でも中国は危険を孕んだ膨張を続け、お隣の韓国では国を挙げての支離滅裂ぶりです。どちらも危険極まりない動きです。今年は地球上のどこで何が起きてもおかしくない年になりそうです。
言うまでもなく地球上最も強大な軍事力を持ち、おカネを持ち、他国に覇権を強いる二つの超大国がアメリカと中国です。一方は資本主義国の代表と言え、他方は共産主義国の代表です。ただ、その両国民の姿をテレビ報道などで見る限り、人々がおカネを追い求め、結局、おカネに追いかけられ、さらにはおカネに振り回されている様子が目につきます。
そこに見る人々の姿はより多くおカネを稼ぐことが目的となっており、お金が何らかの手段という位置づけには思えません。これは恐ろしい姿です。
久しぶりに手紙をくれた旧友からの便りには「アメリカは貧しい国だ」との言葉がありました。自分も同感です。
かつて豊かだったアメリカの姿は今ではもう見られません。中国では地方の農家はおカネが無くて貧乏であり、都会の人々はおカネに振り回されて貧乏と言えます。人々のおカネをめぐるスタンスがそうさせたのでしょう。
私の好きな言葉に「足るを知る」があります。
京都の高台寺に有名な蹲踞(つくばい)があります。「吾れ唯、足るを知る」と刻まれています。それぞれ4文字に共通する口を真ん中にして刻まれています。
“知足の者は貧しくとも富めり、不知足の者は富めれど貧し“
との言葉がその心を解説してくれます。
おカネの事だけでなく「もっと上手に!もっと沢山!もっと豊かに!・・・」という人間の欲望といかに付き合うかが最大のテーマと言えます。
自分たちもかつて貧しかった頃は豊かになりたいという欲望がありました。いろんな夢もありました。欲望と夢が一部かぶる面もありました。ただ、夢は途中で消えることがあっても欲望は際限なく膨らみがちです。
おカネがあれば何でもできるというのはおカネでしか得られない世界での話です。おカネでは得られない世界は他に沢山あります。それぞれの世界と自分がどう折り合いをつけるかが肝要な点です。
その意味で、おカネとの付き合い方にその人の人間性をリアルに見ることが出来ます。
“形見とて、なにか残さん はるは花 やまホトトギス あきはモミジ葉”
良寛さんらしい辞世の句と言われます。
少しカッコつけすぎとの思いはありますが、自分にとっては理想の姿と言えます。
私も職業柄、今迄におカネをめぐるそうした事例を目の前で沢山見てきました。相手の方々にもこのような話を随分と伝えてきました。
他人に吹聴してきた以上、自分は更に自戒の念を込め、「足るを知る」心をもって今年一年を過ごしたいと思っています。
少なくとも心貧しい生活はしたくないからです。


