新米社長のための「会計の話」・・・その3

2017年10月13日

<文法としての複式簿記>

複式簿記は例の「貸方・借方」とまともに取り組む世界です。基礎的なことは簿記の教科書で学ぶしかありません。

複式簿記では基本的に「仕訳」が既に行われたことが前提とされ、「仕訳伝票」がその後どのような動きをするかという世界です。

貸方・借方はそれぞれ運動の法則があって、勘定科目によって増加したり減少したりします。この結果、それぞれの勘定科目は左右の貸借項目として一表になって表現されます。これが試算表です。そして、貸借の金額は必ず一致します。一致していなければ途中で間違えていることが一目でわかります。簿記の世界におけるこのような「貸借均衡の美」がまさに人類の優れた発明の所産といわれるゆえんです。

試算表が出来れば半ば完成です。これを貸借対照表と損益計算書に区分表示します。即ち、決算書が出来ます。ここに至るプロセスがいわば複式簿記の世界です。

即ち、複式簿記は「仕訳」の結果を受けて貸方・借方の法則に則って試算表にまで計算するための法則であり、会計の計算ルールです。いわば、会計における「文法」の世界です。

今では、実務的には殆どパソコンソフトで自動的に計算されています。簿記を知らない人でもパターンを教えられて伝票を入力すれば試算表まで自動計算されます。従って、この「文法」そのものを改めて検討することは実務の世界では極めてまれと言えます。

いわば、与件として会計の世界に与えられた「人類の財産」と言えるからです。

 

<利害関係者と決算書>

会計は人に利用されて初めて価値があります。利用されるために人々が発明したものです。今では多くの人々が利用し、経済活動での最も重要なツールの一つとして活用されています。

一枚の決算書にしても見る人の立場によって見方が異なります。

株主であればより多くの安定した配当金に関心が向きます。債権者であれば債権の回収に関心が向きます。経営者は株主にも、債権者にも、どちらに向けてもより多くの利益が安定的に欲しいものです。逆に、税務署向けには課税利益が少ない方を望むでしょうし、労働組合には賞与アップの口実となる多額の利益は避けたいところです。

経営者はこれらの利害関係者にそれぞれいい顔をしたいのが人情です。従って、極端に多くの利益が一度に出ても歓迎は出来ませんし、勿論、赤字決算は何としても避けたいところです。

決算書は経営者のこうした心の葛藤の中に存在し続けます。

実は、銀行用、税務署用、自分用、等3通りもの異なった決算書を用意していた経営者に以前お目に掛かったことがあります。こうなると会計を利用した詐欺行為にもなりかねません。また、それほど会計の結果は影響が大きいと言えます。

 

<経営者の会計>

もともと会計は事業活動の結果を金額として纏めて現状を把握し、それを基に今後の経営に資するべくできたものです。関係ある人々は当然にこれを利用します。しかも、人々は立場によって様々に反応します。関係ある人々とはいわば「利害関係者」です。

従って、会計は常に「利害関係者」の注目の中で実施されています。利害関係者の顔を想像しながら会計が行われます。おのずから経営者は許される限り政治的な配慮をすることになります。会計が「政治の虜」と言われるのはそうした状況にあるからです。

今期はどうしても「利益」を出したい事情にある経営者であれば必要にして妥当な「減価償却」を控えることもあり得ます。陳腐化して処分するしかない在庫品が旧来の帳簿価格のままで計上されていても見て見ぬふりで決算を〆ることもあります。

逆に、商品の販売政策により5年で原価を回収したい強気の経営者は、通常10年の耐用年数とされる新設機械設備を5年の耐用年数で減価償却を行い、早期の回収を図るかもしれません。

 

化粧品の商品サイクルは短いと言います。新商品のための製造設備も商品サイクルに合わせて減価償却し資金回収を図るという経営判断が必要となります。

たとえば、5千万円する設備をいわゆる一般的な法定耐用年数12年で償却するとします。12年の定率法による償却率は0,208です。償却額は10、400千円です。

一方、当該商品の推定商品サイクルを3年以内と判断すれば3年で償却してしまうという経営判断もありえます。3年の定率法償却率は0,833です、即ち、償却額は41,650千円です。

耐用年数一つとっても、経営者の経営判断の差が現れます。経営判断に応じて会計の計算が行われます。この事例でも償却費の計算だけで31,250千円の差が生じます。

3年で償却するとすれば41,650千円という多額の償却費をカバーするだけの利益を出さなければなりません。そのための経営計画が必要となります。そのための販売戦略が必要となります。

勿論、税務の計算は別です。税務計算はいわゆる法定耐用年数で計算しなければなりません。従って、3年で償却した場合は税務上では31,250千円の所得を加算して税金計算することになります。

 

<会計表現は経営表現>

経営者の交代で、新任の経営者は前任者が残した大量の不良品、陳腐化品を一挙に処分して多額の赤字をだし、前任者時代の経営と決別を図ることもままあることです。

経営者が当該商品を「陳腐化品」と認めるかどうかがその会社の経営政策であり経営者の経営判断です。「陳腐化品」と認定されればその商品の帳簿価格は時価相当額に変更されることになります。当然に損益計算書には多額の評価減額が計上されることにもなります。

経営者にも現場の人にも「捨てるにはもったいない」という気持ちは常にあります。

しかしスリムな会社を目指す経営者は陳腐化品をそのまま会社の資産として計上しておくことは経営方針に反します。このような場合に会計上は陳腐化品として処分価額たとえば1円まで帳簿を減額し、一方、商品現物は貯蔵品として現物管理するといった

処理方法もありえます。

会計方針は経営方針に従います。会計表現は即ち経営者の経営表現そのものといっていいでしょう。

 

<黒字倒産の話>

「儲かっているのか?」

経営者であればだれしも「儲かっているかどうか?」が気になるところです。そして、儲かっているかどうか?を端的に知る手段は決算書で「利益」が出ているかどうか?を見ることです。「利益」とは一年間という期間を区切った時に見える計算上の利益の事です。一方、事業は何年にもわたって継続しています。そこで会計では様々な方法で計算仮定を置いて「利益」を算出します。即ち、決算書の「利益」は様々な計算仮定を置いたうえでの計算上の数値です。そこに思わぬ落とし穴もあります。

 

「黒字倒産!」

よく聞く言葉です。決算書では黒字になっているのに、即ち「利益」が出ているのに倒産するということです。世間ではよくあることです。

その原因の多くは「利益」と「おカネ」は同じではないということです。「利益」があれば会社は倒産しないか?と言われればそれは「否!」です。

会計上の「利益」は事業活動で動いている「おカネ」を計算仮定に基づいて会計用語に翻譯した結果としての数値です。従って、「おカネ」の姿をそのままに評したものではありません。

会社では「利益」は無くとも「おカネ」があれば倒産することはありません。

どの会社も苦労するのは「資金繰り」です。おカネの入金と出金とのバランスを取る事です。入金に合わせて出金し、出金に合わせて入金することです。

「資金繰りとは時間繰りだよ!」

かつて尊敬する経理のベテラン役員が言った言葉です。

確かにおカネは循環しているのですが支払いに合わせて入金を対応させなければなりません。この「資金繰り」が極めて重要な仕事です。計算上はおカネが足りているのに手許になければ支払いが出来ません。これが「黒字倒産」の原因です。

 

単純な計算例で見てみます。

Ⅹ社の損益計算書は次のとおりです。10の利益が出ています。しかしおカネが足りません。

 

損益計算書  

売上高   100

仕入高  ―)70

給与   ―)10

経費   ―)10

利益     10

 

資金繰計算書

利益       10

減価償却費  +) 2

売掛金    -)30

設備費    -)10

借入金    +)10

手元資金   -)18

 

 

資金繰計算書では18の資金不足です。この原因は売上高100が全て入金しているわけではなく30が売掛金として来月もしくは再来月に入金するものだからです。従って少なくとも18は資金調達に走らなければなりません。

経営者は損益計算書の利益を見ているだけでは足りません。「勘定あって銭足らず!」ということになります。経営者にとっては損益計算書と同じかもしくはそれ以上に「おカネ」をチェックすべく「資金繰計算書」が重要な資料となります。

 

<健全経営のための貸借対照表>

忙しい経営者は往々にして損益計算書に目が向きがちです。損益計算書にある「利益」の額に目が行きがちです。それはそれで尤もなことです。

ただ、それだけでは片手落ちといえます。「おカネ!」という視点で経営を見る目を持っていることが必要です。

貸借対照表がこの目を持たせてくれます。簡単な貸借対照表で見てみます。

 

貸 借 対 照 表 

現金    30    買掛金  20

売掛金   30    借入金  70

棚卸資産  40    資本金  40

固定資産  50    剰余金  20

 

この貸借対照表では売掛金が30、棚卸資産が40あります。これらは現金と同等の会社の資産です。借入金70は売掛金30と棚卸資産40のための借入とも言えます。

売掛金は回収できるのか、棚卸資産は通常値段ですぐ売れるのか、現金化できるのか。

貸借対照表の資産項目については会社の経営に必要な内容かどうかを常にチェックしておく必要があります。会社の資産内容をスリムにしておくことはおカネの無駄を省く経営にはぜひとも必要なことです。

貸借対照表はこの目を持たせてくれます。

経営者は「利益!」だけでなく貸借対照表の中身にも精通していることが必要です。

 

<結果としての利益>

「利益は目的ではなく結果である!」

これはある創業経営者の言葉です。立派な見識を持った言葉です。

利益を「目的」と見るのと「結果」と見るのとでは大きな違いがあります。

利益を「目的」と見れば「数字としての利益の額」を求める余り目先の数字を作り出すための活動に走りがちです。この結果、経理操作の誘惑に負けて実体のない「仕訳」が行われがちです。東芝の「チャレンジ」の結果が証明しています。

逆に利益を事業活動の「結果」と見れば、その「目的」はその会社本来の事業目的をひたすら追求することであり、その事業が求めるミッションの追求になります。結果としてその会社の進むべき方向性がより明確化されます。

長期的に見れば目先の「目的としての利益」を求めるのではなく、本来の事業活動を追求した「結果としての利益」を求めることが将来のより大きな利益をもたらすことは明らかです。

「目標利益」という言葉が実務ではよく言われます。これはあくまでも本来の事業活動を進めた結果として数字的に収斂された「結果としての利益」であるはずです。達成すべき「目的としての数値」ではないはずです。

ただ、「目標利益」が達成できなかったら自分たちの立場がなくなる!といった状況に追い込まれれば「結果としての利益」などと言ってはおられません。なりふり構わず「利益という数字」を積み上げるため狂奔することになります。その先の末路は暗闇です。東芝の悲劇がこれを証明しています。

 

<経営の要としての会計>

企業であれNPO法人であれ公共団体であれ、組織としておカネが動くところ会計があります。ただ、どこの事業においても会計の機能は主役ではありません。派手ではなく、目立つこともありません。でも、なくてはならない機能であり重要な機能です。

製造、販売、などの部門は事業の中での基幹部門であり、重要であることは勿論ですが、会計の部門はこれらの基幹部門とは少し異質です。

会計伝票はおカネが動くところ事業のあらゆるポジションから会計部門に集まってきます。注意すればどこの部門でどのようなおカネがどれだけ動いているか即座に把握できます。経常的なおカネかそうでないおカネかも見当がつきます。

事業の中のおカネの動きを注視することでどこのポジションで何が起きているかも推察できます。

製造部門であれ、販売部門であれ、資材部門であれ、おカネという切り口であらゆる部門の出来事を見通すことが出来ます。これが他の部門にはない会計部門独特の機能です。会計という言語は事業共通の言語だからです。そして、各部門から集まった情報を経営にどう生かすかが会計部門で生きる人々の働き甲斐となります。

この意味で会計部門は経営の要としての機能を持つといっていいでしょう。ただ、それは見る目を持つ人にこそいえることで、見ようとしない人には見えません。

数字を集計するだけが経理マンの仕事ではありません。そんな経理マンは要りません。

数字の背景にあるヒトの動きが見えて初めて経理マンとしての存在意味があり、会計の面白さがわかるといえます。

将に、会計伝票からヒトが見えます。そして決算書から経営が見えます。