御柱祭に参加して(2016年4月12日)
2016年4月12日
2016年4月12日
今年は御柱(おんばしら)の年です。
御柱とは「式年造営御柱大祭」という正規の名称を持ち、1300年以上も前から寅年と申年に続けられている天下の三大奇祭の一つとされています。
諏訪大社は4社あります。上社、下社があり、上社は本宮と前宮があります。下社は春宮と秋宮です。このそれぞれの神社に樹齢200年もする4本の樅の大木を山から切り出し、ご神木として神社の4隅に建てるのです。
その昔、オオクニヌシが出雲に追われたとき、一人最後まで反対したタケミナカタがタケミカズチによって諏訪の地に追われ、その地に留め置くべく結界として4本の柱で周りを囲んだとの話が古事記にもあるようです。また、実はそれより以前からこの地区では山を崇め、森を尊崇した古代の人々が山の木を切り出してこれをご神木として奉納したとの記録もあります。
ひょっとして縄文時代の昔から森の恵みを感謝した人々の神事の名残りかもしれません。そして、この近くから発掘された国宝の土偶「縄文のビーナス」も密かにこの神事を見守っていたのかもしれません。
自分は諏訪郡原村の自治会に属しておりいわば諏訪大社の氏子の一人です。今年も4月2,3,4の3日間、上社「山出し」が盛大に行われました。
2日が「山出し」のスタートです。花火を合図に自分の山荘「嵩山荘」の近くから8本の樅の大木が曳き出されました。これをそれぞれの担当する地区ごとの村人が老若男女を問わず200メートルにも及ぶ曳綱に取付いて力を合わせて道路上を延々と曳くのです。勇ましいラッパ隊と木遣りの掛け声で一斉に曳き出します。見事な巨木を人力だけで諏訪神社まで曳いていくのです。
途中で「木落とし」があります。上社の木落とし坂はJR茅野駅のすぐ近くにあります。落差30メートル以上、傾斜30度を超える急坂を大勢の若衆を乗せたまま巨木が曳き落とされます。過去に多くの人々の命が奪われています。
自分と一緒に綱を曳いた若い娘さんは叔父さんがこの祭りで命を落としたと快活に話していました。その叔父さんの形見の法被を着て一緒に綱を曳いていました。諏訪の人々はこの祭りに命を懸けているとの話は嘘ではありません。
「木落とし」の次は「川越し」です。八ヶ岳の雪解け水でご神木を清めるべく、冷たい宮川の清流を渡ります。勿論、大勢の若衆も一緒に冷たい川に飛び込みます。そして「山出し」が終わります。今年は幸いにして大きな怪我人は無く無事に終わったようです。
次は5月連休の時に「里引き」があり、最後にそれぞれの担当する神社の4隅にご神木として天に向かってまっすぐに建てられるのです。
日本全国にはまだまだ昔からの様々な伝統行事が大切に残されています。それぞれに残されるべき理由があり、残すべき思いがあります。人を離れて祭りはありません。古くから続く行事や祭りには大勢の人々の思いが詰まっています。それらの多くはご先祖や自然を敬い、自然への畏敬の念が根本にあります。
それは、自然を改造し、自然を征服するといった西洋文明の理念とは明らかに趣が異なります。温暖化を初め地球環境の破壊を目の当たりにして、自分は逆に、自然を畏敬し、自然との共生きを目指す日本の伝統行事としての各地の祭りに思いを馳せました。
今年の御柱祭に参加して自分も縄文の人々の心の一部に触れた気持ちがして、この心を大切したいとの思いを更に深く感じました。
成瀬 徹


