京都に旅して
2016年12月6日
紅葉のトップシーズンを外して紅葉にはまだ早い10月末に京都を旅してきました。
今迄に京都は度々訪れていますがまだまだ見たいところは一杯あります。今回は行きたかったけどまだ行ってないところを選んで歩き回りました。
真っ先に訪れたのが太秦広隆寺の弥勒菩薩です。ここは今回が二度目です。
前回訪問の際は写真撮影もスケッチも禁止のなか、それも薄暗い光のなか、必死で目を凝らして弥勒さんを見つめ、堂の外に出て、目に焼き付けた弥勒像をスケッチブックに書き取り、また、堂の中に入り、目に焼き付けてから外でスケッチといった作業を繰り返し、やっと一枚のスケッチを完成させて、これを基に弥勒像の油絵を完成させました。今は自宅の居間に掲げてあります。自分の作品ではお気に入りの一点です。
今回の訪問も薄暗い光のなか、10分以上も弥勒像の正面座席に座り込んで再度対面してきました。拝見するたびに穏やかで静謐で気品に満ちた典雅な姿は魅了されるばかりです。この弥勒菩薩は何度会っても魅了されます。
二日目は京都御所に訪れました。ただ、月曜日は休館となっていて急遽予定を変更して奈良まで足を延ばすことにしました。行きたかった場所の一つが春日大社です。
阿倍仲麻呂が詠んだという
「あまのはら ふりさけみれば春日なる 三笠の山に い出し月かも」
は、自分の好きな歌の一つです。この歌が詠まれたと思しき場所でもあります。
春日大社は山そのものが神であり、歴史上、ある意味で日本を支配し続けたといえる藤原氏一族の氏神様でもあります。今年、20年ごとの式年造替を迎えたその姿はやはり歴史の重みを伝えていました。特に今年はこの式年造替の60回目を迎えたのだそうです。1200年前から営々と受け継がれてきた式典です。
訪れた春日大社本殿は本朱という独特の朱色が鮮やかです。他の神社等で見慣れた ベンガラの朱とは違うようです。「青丹によし、奈良の都は咲く花の・・・」と歌われたその丹色がこの本朱の色かも知れません。
三日目に京都御所を訪れました。初めて入る京都御苑は同志社大学に近い乾ご門から入りました。今迄は手続きが煩瑣でなかなか内裏の中には入れませんでしたが今年7月からいつでも中に入れるのです。警察の手荷物検査はあるものの入場料金は無料です。美しく敷き詰められた玉砂利を踏みしめて清所門から内裏に入りました。
京都御所は今まで訪れたどの神社仏閣にも較べようのないほどの衝撃を受けました。松の梢越しに見た檜皮葺の屋根に既に感動を覚えたものですが、建礼門を背に紫宸殿を覗き見たときは胸がいっぱいになりました。左近の桜、右近の橘もはっきり確認でき、シンプルでありながら圧倒的な存在感をもって紫宸殿がそこにありました。今までに火災で何度も建て替えられたとはいえその歴史を体現する美しい姿でした。
更にその奥には清涼殿があり学問所があり、それぞれの建物が平安貴族の姿を彷彿とさせる趣です。今もその渡り廊下の陰から藤原貴族の一人が姿を現しそうでした。
多くの白人観光客が感じ入って静かに見学していましたが、外国人でなくとも明らかにそこに「日本」が佇んでいるのを自分も感じたのです。それは、以前に伊勢神宮を訪れた折に感じたものと似ています。シンプルで静謐で気品があってそれが美しいのです。
御所を見た興奮がまだ冷めやらぬ中、訪問地の最後となった伏見稲荷神社に向かいました。ここもアジア系の観光客で賑わっていました。綺麗な和装のお嬢さん達!と見るとそこから聞こえるのは日本語ではありません。外国の娘さんたちが貸衣装で着飾って歩いているのです。そういえばあちこちで似たような柄の着物姿を見かけたものです。
境内をどんどん奥に進み、ベンガラ色が鮮やかな寄進された鳥居の列柱の中に歩を進めました。そしてそこにある何か独特のエキゾチックな印象を感じました。列柱の中ではスナップ写真を撮る人、人、人で人気ぶりが良くわかります。
これまではなんとなく外国に目が向いていました。見たいもの行きたいところの多くがヨーロッパでした。最近はそれが外国ではなく「日本」に向いているように感じます。見る美しさもさることながら感じる美しさにより感動することに自分で気が付いたのかもしれません。
今回の京都の旅は自分の中にある何かに気付かせてもらいました。これからはもっともっと勉強もして更に飛鳥、奈良の旅をゆっくり味わいたいと思っています。


